公平と平等を運用するにあたり、最も警戒すべきは「みんな一緒」を強要する悪平等の罠と、是正措置が行き過ぎることによる逆差別のリスクです。
日本の組織文化には、長年にわたり「横並び意識」と「結果の一律化」を好む傾向が深く根付いてきました。学校の徒競走で全員が手をつないで同時にゴールするような極端なエピソードは過去のものとなったものの、企業の現場では依然として「能力や成果に関わらず同期を一律横並びで昇進させる」「突出した成果を挙げた若手に対して年功序列を崩せない」といった悪平等が幅を利かせています。この形式的平等への固執は、優秀なトップ層のモチベーションを根こそぎ奪い、優秀層の流出を招く致命傷となります。
一方で、近年国際的にも議論が紛糾しているのが、アファーマティブ・アクション(積極的格差是正措置)をめぐる逆差別の論争です。米国の大学入試において特定の人種に対する優遇措置が違憲判決を受けたように、過去の格差是正を急ぐあまり、現在を生きる個人の努力や実績を「属性」を理由に軽視してしまえば、新たな不公正が生じることになります。
「弱者を助けるための配分(公平)」が、いつの間にか「努力した者が報われない不当な下駄履かせ」に変質していないか。常に制度の副作用を点検し、個人の尊厳と実質的公正のバランスを疑い続ける姿勢が求められます。