利根川がこれほどまでに暴れ川として恐れられた最大の理由は、その圧倒的な流域面積と原初の地形構造にあります。
日本三大河川の比較において、流路延長(長さ)では信濃川(約367km)に次ぐ第2位(約322km)ですが、流域面積は約16,840km²で日本第1位を誇ります。これは日本の国土面積の約4.5%、関東平野の半分近くをカバーする規模です。群馬県のみなかみ町・大水上山(標高1,831m)に端を発した流れは、烏川、渡良瀬川、鬼怒川など数々の支流を合流させながら膨大な水量を蓄えます。
さらに、かつての利根川は現在のように千葉県の銚子市(太平洋)へ流れていたのではなく、南下して東京湾(江戸湾)へと注いでいました。下流部は勾配が極めて緩やかで、大雨が降ると水が海へ抜けきらず、関東平野一帯が一瞬にして巨大な泥の海へと姿を変えたのです。歴史上、幾度となく発生した決壊と氾濫は、当時の農民にとってまさに制御不能な天災そのものでした。