曽野綾子の人生を語る上で欠かせないのが、1953年に結婚し、半世紀以上にわたって人生を共にした夫であり作家の三浦朱門(みうら・しゅもん)氏との関係です。元文化庁長官も務めた三浦氏は2017年2月3日、間質性肺炎のため91歳で他界しました。この夫の晩年における介護と看取りのプロセスこそが、曽野綾子の人生哲学を最も純度の高い形で世に知らしめる契機となりました。
三浦氏が要介護状態に陥った際、曽野綾子は世間一般が抱く「献身的な老老介護の美談」を真っ向から否定しました。「自己犠牲の介護は必ず憎しみを生む」「家族だからといって共倒れになってはならない」という確固たる信念のもと、プロの介護サービスやヘルパーの手を躊躇なく借りる体制を構築。自らの執筆時間と精神の聖域を死守しながら、自宅での看取りを完遂したのです。
さらに注目すべきは、一人息子である三浦太郎氏(現在は生物学分野の大学教授・研究者)をはじめとする家族との距離感です。曽野綾子はベストセラー『太郎物語』のモデルともなった息子の教育において、過保護や過干渉を徹底的に排除しました。「子どもは親の所有物ではない」「成人した子どもと親は対等な独立した他者である」というスタンスを貫き、老後の生活を息子の善意や犠牲に依存することを頑なに拒んだのです。この徹底した個の自立こそが、介護うつや親子の共依存に苦しむ現代社会に対する強力なアンチテーゼとなっています。