日本全国に数ある要塞の中でも、水面に接する立地を持った構造は極めて珍しい。高島城は日本三大湖城の一つに数えられ、日本の城郭史に大きな足跡を残している。江戸時代の干拓によって現在は湖岸線が大きく後退し、周囲を閑静な市街地と公園に囲まれているが、創建当時は本丸のすぐ足元まで波が打ち寄せていた。
湖面そのものを天然の天然堀に見立てた防御機構は、外部からの水上攻撃を警戒しつつ、自軍の船出を容易にする画期的な構想だった。波による侵食を防ぐ石垣の積み方や水運を考慮した縄張りは、過酷な水害や地盤沈下のリスクと隣り合わせの挑戦でもあった。