ネット上の鉄道コミュニティやまとめ記事では、「利用者が減ったローカル線はすべてバスへ転換すべきだ」という極論が散見されます。しかし、木次線の宍道〜木次区間、とりわけ出雲大東駅周辺においてバス転換論が容易に通らないことには、木次線存続の決定的な理由が存在します。
最大の盲点は、「朝夕の通学集中時における代替輸送の物理的限界」です。出雲大東駅の最寄りには、県内有数の進学校・伝統校である島根県立大東高等学校があります。朝の通学ラッシュ時には、出雲市や松江方面、加茂中方面からまとまった人数の高校生が一斉に出雲大東駅へ降り立ちます。列車であれば1両〜2両編成の気動車で一度に150〜200人規模の移動を捌くことができますが、これを大型路線バスで代替しようとした場合、同一時刻に何台ものバスと運転手を手配しなければなりません。
2024年問題以降、地方のバス業界では運転手不足が極限に達しており、追加のスクールバスを何台も手配する余力は地域交通事業者には残されていません。つまり、「鉄道を廃止してバスにすれば安上がりになる」という論理は現代の地方部では既に破綻しており、既存の鉄道インフラを活用し続けるほうが、社会全体のトータルコストとして安価であるという冷徹な計算が成り立つのです。
さらに、大東高校の存在は単なる学校にとどまらず、若年層の人口流出を食い止める雲南市の地域創生戦略のアンカー(要石)です。通学路としての出雲大東駅が失われれば、沿線からの通学が困難になり、定住人口の激減に直結します。この「教育インフラ防衛」こそが、自治体が財政負担をしてでも路線を維持しようとする最大の力学です。