司法試験合格後の1995年、2人は晴れて正式に結婚。その後、橋下家には3男4女・合計7人の子どもが誕生しました。少子化が進む日本において、7人という大家族を育て上げた事実は、それだけで驚異的なエネルギーを物語っています。
橋下氏が弁護士として独立し、テレビ番組『行列のできる法律相談所』などで全国区の人気タレント弁護士として多忙を極めていた時期、そして38歳で大阪府知事に就任して激動の政界に飛び込んだ時期は、まさに子どもたちが次々と生まれ育つ育児の最盛期と完全に重なっていました。
連日早朝から深夜までメディアや議会対応に追われ、ほとんど家を空けざるを得なかった橋下氏に代わり、7人の育児、学校行事、日々の食事の支度、習い事の送迎を一手に引き受けていたのが典子夫人です。知事時代には治安・警備上の観点から自宅周囲に警察車両が配備され、過激な反対派からの抗議や嫌がらせに晒される危険とも隣り合わせでした。普通であれば精神的に押し潰されても不思議ではない極度の重圧下にあっても、典子夫人は子どもたちの前で決して取り乱さず、「うちは普通の家庭だから、お父さんの仕事と日々の生活は別」という明確なバウンダリーを保ち続けたといいます。