世界的な大ヒットを記録し、ファミコン用ゲームソフトのBGMにも採用されるなどカルチャー現象となったにもかかわらず、シンディは1980年代後半以降、自身のコンサートでこの楽曲を歌うことを一切拒絶しました。自著の回顧録『トゥルー・カラーズ』や後年のインタビューで彼女が明かした胸中は、華やかな成功の影にある痛烈な葛藤でした。
最大の理由は、楽曲制作とMV撮影のプロセスで受けた、映画会社やプロデューサー陣からの過度な商業的コントロールに対する強い嫌悪感です。映画会社側は、曲名に必ず「グーニーズ」という映画のタイトルを入れ込むよう強く要求しました。シンディ側は芸術的な妥協を強いられ、最終的に副題を含めた「The Goonies 'R' Good Enough」という長大なタイトルで折り合わざるを得ませんでした。
さらに、映画のプロモーション素材として自身が消費され、操り人形のように扱われたことへの憤りは、彼女の心に深い傷を残しました。妥協を許さない純粋なアーティストである彼女にとって、この曲は「自分の表現」ではなく「過酷な商業主義の象徴」となってしまったのです。その結果、シンディはこの曲を約20年にわたって自身のキャリアから切り離すという決断を下しました。
この長きにわたる沈黙が破られたのは、2000年代半ばのことでした。ツアー中のファンミーティングや公の場で、ファンが「この曲がどれほど自分たちの幼少期の希望になっていたか」を涙ながらに訴えかける姿を目の当たりにしたシンディは、個人的なわだかまりを解く決意を固めます。「私がどう思っていようと、ファンにとってこの曲は大切な宝物だった」と気づいた彼女は、2000年代半ばのオーストラリア公演などで突如封印を解き、観客を熱狂の渦に巻き込みました。