関谷弘志氏の歩んできたキャリアを紐解くと、順風満帆なエリートコースだけではなく、泥臭い組織改革と事業開拓の連続であったことが分かります。大学卒業後にディスコへ入社した関谷氏は、国内営業や米国子会社での駐在を経験し、海外市場の厳しさと可能性を肌で学びました。
帰国後、経営企画や各種事業部門の責任者を歴任する中で、従来の日本企業にありがちなトップダウンの硬直性に強い危機感を抱きます。「指示待ちの組織では、激変するシリコンバレーのスピード感に勝てない」という強い確信のもと、社内の意識改革と業務プロセスの透明化を断行。その卓越した実行力と実績が評価され、若くして社長就任という大役を任されるに至りました。