上場後の宇野氏が仕掛けたのは、祖業の有線放送をベースにしながら、日本でいち早くブロードバンド回線(光ファイバー)を一般家庭へ敷設し、大容量ネットワーク上で動画を届けるという壮大なITインフラ革命でした。その象徴が、2005年に立ち上げた完全無料のブロードバンド動画配信プラットフォーム「GyaO(ギャオ)」です。当時としては破格の映画、ドラマ、アニメを無料配信し、登録会員数は瞬く間に数千万人を突破しました。
しかし、時代はまだインターネット広告市場が未成熟であり、膨大なサーバ維持費と版権取得コストを広告収入だけで回収するビジネスモデルは構造的な赤字を垂れ流し続けます。そこへ2008年のリーマンショックが直撃。グループ全体の有利子負債は2000億円規模にまで膨らみ、USENは深刻な債務超過の危機に直面しました。
この局面で宇野氏が選んだ道こそが、財界やメディアを震撼させた「誠実すぎるケジメ」でした。金融機関との交渉において、事業再生ADRの利用も検討されるなか、宇野氏は私財の株式や個人資産を担保に入れ、自腹で巨額の個人保証約1000億円を背負い込みました。2009年、自ら立ち上げた虎の子の事業であるGyaOの株式51%をヤフー(現・LINEヤフー)へ実質1円で売却。さらに2010年にはインテリジェンス株を投資ファンドへ譲渡し、その売却益をすべてUSENの負債返済に充当したのです。
当時のインタビューや関係者の証言によると、「経営責任を株主や銀行、社員に押し付けず、身ぐるみを剥がれてでも自分で作った借金は自分で返す」という宇野氏の姿勢は、冷徹な金融機関の幹部たちをも唸らせました。結果として宇野氏はUSENの社長職を一度退任し、自身に残された有料映像配信部門(現・U-NEXT)と少数の事業だけを切り出して独立。ドン底からの再スタートを切ることになったのです。