豊郷小学校旧校舎群を語る上で欠かせないのが、設計を手掛けた建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(William Merrell Vories)の存在です。日本全国に数々の教会、住宅、学校建築を残したヴォーリズですが、豊郷小学校はその設計思想が極めて純度の高い形で具現化された傑作として知られています。華美な装飾で圧倒するのではなく、利用する子どもたちの健康、安全、そして情緒の涵養を最優先に考えた機能主義とヒューマニズムが、建物の至るところに満ちています。
校舎を訪れた者が真っ先に息を呑むのが、本館の中央階段です。木製の磨き上げられた手すりの上には、真鍮(ブラス)で作られた「うさぎとかめ」の彫刻が愛らしい姿で配置されています。階段の登り口では並んでスタートし、途中の踊り場では油断したうさぎが居眠りをし、階段の最上階では一歩一歩着実に歩みを進めたかめが誇らしげにゴールしています。
この意匠は単なる寓話の視覚化ではありません。「生まれつき足が遅くとも、弛まぬ努力を続ければ必ず大成する」という、古川鉄治郎自身の人生観と子どもたちへの励ましのメッセージが込められています。鉄治郎自身、幼少期は決して器用な少年ではなく、周囲から遅れをとりがちでしたが、誠実と努力を重ねて大商人へと登り詰めました。手すりの真鍮像は、何世代もの小学生たちが触れ続けたことで黄金色に丸く磨かれ、深い温もりを宿しています。
さらに、校舎全体の設計にもヴォーリズならではの配慮が光ります。南側に面した広大な窓からは琵琶湖東部の柔らかな自然光がたっぷりと差し込み、かつて石炭ストーブが主流だった時代にスチーム暖房用のグリルを各教室に配備。廊下は端から端まで見通せる一直線のロングコリドーとなっており、床材には歩行音を抑え滑りにくいリノリウムや良質な木材が採用されました。左右対称を基調とした端正な外観と、日光を浴びて輝く白いモルタル壁は、昭和初期の日本の地方都市においてまさに近未来のユートピアのような光景だったと推察されます。