ネット上の考察サイトにおいて、長年もっとも激しい議論を呼んできたのが「史実における桓騎の結末」と「樊於期(はんおき)同一人物説」です。歴史書『史記』と漫画『キングダム』の間には、明確な事実関係の相違が存在します。
1. 『史記』が記す宜安の戦いの結末
中国の正史『史記』秦始皇本紀および白起王翦列伝によると、紀元前233年、秦将・桓齮(かんき)は宜安を攻めますが、趙の李牧に大敗しました。その後の処遇については、文献により以下のように記述が分かれています。
- 敗走・逃亡説:李牧に敗れた桓齮は、秦王・嬴政の処罰を恐れて他国へ逃亡した。
- 戦死説:『史記』廉頗藺相如列伝など一部の記述に基づき、李牧に討ち取られたとする見解。
2. 「桓騎=樊於期」同一人物説の真相
歴史学者の一部(楊寛氏など)は、敗走した桓齮が燕へ亡命し、名を「樊於期」と改めたという説を提唱していました。樊於期は後に、始皇帝暗殺を企てた荊軻(けいか)に自らの首を差し出す悲劇の亡命将軍です。
しかし、『キングダム』作中において原泰久氏は、成蟜の反乱編(単行本第35巻付近)ですでに独自の将軍として「樊於期」を登場させています。すなわち、本作において桓騎と樊於期は完全に別人として設定されており、史実の諸説の中から「李牧に討ち取られて壮絶に散る結末」を明確に選択したことが裏付けられています。