現代のインターネット上やSNSでも、「池田勇人=弱者を切り捨てる極悪非道の政治家」というイメージが時折語られます。しかし、これは歴史の文脈を無視した大きな誤解です。
池田勇人は後に首相となり、1960年に掲げた「所得倍増計画」によって、日本を世界第2位の経済大国へと押し上げる立役者となりました。池田の経済思想の根底にあったのは、弱者を切り捨てることではなく、「全体のパイを拡大し、すべての国民の所得を引き上げて貧困を撲滅する」という強烈な成長主義でした。
さらに池田は、この「麦飯発言」や、その後の「中小企業の倒産・自殺もやむを得ない」と歪曲された失言騒動(1952年)で大臣辞任に追い込まれた手痛い経験から、自らの政治姿勢を大きく改めました。首相就任後は「寛容と忍耐」「低姿勢」をモットーに掲げ、対立を避けて国民の合意形成を重視するスタイルへと進化を遂げたのです。
「貧乏人は麦を食え」という言葉の裏には、一度はメディアの猛バッシングで失脚寸前まで追い込まれながらも、自らのコミュニケーションを見直し、国家の繁栄を導いた政治家の苦闘の歴史が隠されています。