多くの人が経験する「何かに追われる」「高いところから落ちる」「試験に遅刻する」といった不快な夢には、生存戦略上の決定的な存在理由があります。進化心理学および神経生理学で有力視されているのが感情のシミュレーション仮説(脅威シミュレーション理論)です。
フィンランドの認知神経科学者アンティ・レヴォンスオらが提唱したこの枠組みは、夢を「現実世界で遭遇しうる危機や脅威へのリハーサル空間」と位置づけます。睡眠中、恐怖や不安の中枢である扁桃体と、情動記憶を処理する前帯状皮質が活発に同期します。安全なベッドの上で極度の恐怖やパニックをシミュレーションしておくことで、覚醒時に同様の危機的状況へ直面した際の生存確率を高めるという、生物学的な防御反応の名残です。
一方で、現代社会において悪夢を見る原因とストレスは極めて密接に結びついています。過剰な精神的重圧やトラウマを抱えていると、交感神経の緊張が睡眠中も解除されず、ノルアドレナリンやコルチゾールといったストレスホルモンが過剰に分泌されます。本来であれば夜間のレム睡眠中に感情のトゲを削ぎ落とす「メンタルな減感作」が行われるはずが、感情刺激が過負荷となり、パニック状態で中途覚醒してしまう悪夢のサイクルに陥るのです。