島木譲二さんが表舞台から姿を消すきっかけとなったのは、2011年2月の休養発表でした。当初は「体調不良による通院加療」とアナウンスされていましたが、実際には慢性腎不全の悪化により「人工透析」が必要な状態に陥っていました。
人工透析は週に数回、1回あたり数時間をかけて血液を浄化する治療法です。激しい肉体疲労と徹底した水分・塩分制限を伴うため、日常生活を送るだけでも極めて過酷な体力を要します。一時は自宅療養を続けながら通院していましたが、体調の悪化に伴い入退院を繰り返す生活を余儀なくされました。
それでも島木さんは決して芸人の魂を捨てていませんでした。病床にあっても「もう一度、なんばグランド花月の舞台に立ってパチパチパンチを披露したい」と語り、リハビリに励んでいたと伝えられています。ファンや仲間の前で弱音を見せることを極端に嫌い、最後まで復帰の情熱を燃やし続けた約5年におよぶ闘病生活でした。