日本映画が海外で正当な評価を得るまでの道のりは長かった。予算の壁、言語の壁、そして配給網の壁。そうした旧態依然とした構造に風穴を開けたのが渡辺の存在だ。
自らのスタジオを立ち上げ、アジアと北米を結ぶ橋渡し役を務めてきた彼のキャリアは、挑戦の連続だった。現場の泥臭い調整から最高幹部との対等な交渉までを一人でこなす圧倒的なタフネス。彼を知る映画監督の一人は「渡辺氏は単なる金主ではない。作品の魂をどこに置くべきかを誰よりも理解しているクリエイターだ」と証言する。だからこそ、日米のトップクリエイターたちがこぞって彼とのタッグを望むのだ。