音楽理論の視点から『ドレミの歌』を分析すると、日本人の多くが無意識に混同している「音名」と「階名」の複雑な関係性が浮き彫りになります。
基礎知識として整理しておきましょう。
- 音名(絶対的な音の高さ):調性に関係なく決まっている音の住所。日本語では「ハ・ニ・ホ・ヘ・ト・イ・ロ」、英語や国際表記では「C・D・E・F・G・A・B」。
- 階名(相対的な音の役割):調(キー)の主音を基準とした相対的な音の位置。「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ」。
『ドレミの歌』は調号にシャープもフラットも付かないハ長調(Cメジャー)を基本として書かれているため、「C=ド」「D=レ」「E=ミ」という具合に、音名と階名が完全に一致します。そのため、初心者がピアノ楽譜を読み解く際の最初の教材として極めて優れています。
しかし、ここで発生するのが「移動ドと固定ド」の論争です。
日本の一般的な学校教育現場では、ト長調(Gメジャー)になってもソの音を「ド」と歌わせる「移動ド唱法」がソルフェージュ指導の中心でした。一方で、幼少期からピアノ教室などで絶対音感を育てるクラシック教育では、どんな調であってもCの音を「ド」と呼ぶ「固定ド唱法」が主流です。
『ドレミの歌』をハ長調以外の調(例えばヘ長調やト長調)に移調して演奏した際、英語原曲の精神である「主音=Do」とする移動ドの感覚がないと、歌詞の「ド」と実際の響きの関係が崩壊してしまうという構造的パラドックスを孕んでいるのです。