Perfumeの出身地はどこ?広島が生んだ奇跡と結成秘話を徹底追跡

Perfumeの出身地はどこ?広島が生んだ奇跡と結成秘話を徹底追跡

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ネット上の一部掲示板やファンコミュニティでは、「Perfumeは最初からこの3人で固定されていたのか」「かつて別のメンバーがいたのではないか」という疑問が長年語り継がれてきました。これらは単なる都市伝説ではなく、スクール黎明期の歴史的事実に基づいています。

Perfumeの母体となったのは、1999年春にテレビ新広島(TSS)が開校した名門タレント育成校「アクターズスクール広島(ASH)」です。開校時の第1期生オーディションに合格した西脇綾香、樫野有香、そして当時別の生徒だった河島佑香(かわゆか)の3名によって、同年の夏に結成されたのが最初のルーツでした。

当時のグループ名は平仮名表記の「ぱふゅ〜む」で、命名の由来は「メンバー3人全員の名前(綾香・有香・佑香)に『香』という文字が入っていたから」というシンプルな理由でした。しかし2000年、河島が学業専念などの理由によりスクールを脱退。2人体制となったユニットは存続の危機に直面します。

ここでグループの運命を決定づけるドラマが起きました。スクールの合同レッスンにおいて、圧倒的な歌唱力と際立つ存在感を放っていたのが、当時ソロや別グループで注目を集めていたのっち(大本彩乃)でした。あ〜ちゃんとかしゆかは「のっちを入れたい」と熱望。スクールの更衣室やエレベーターホールでの直接交渉、さらにスクール幹部への直談判を経て、2001年春にのっちが正式加入しました。

名前に「香」の字が入っていないのっちが加入したことで、「香りは人を惹きつける。私たちも世界中に音楽の香りを届けたい」という英語の「Perfume」へとグループコンセプトを再定義。この広島時代における柔軟な決断が、のちの世界的ブレイクを呼び込むことになります。

池田 達也
著者

池田 達也

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。