名曲が誕生したのは、日本の高度経済成長が本格化し始めた1960年(昭和35年)のことでした。当時、NHKの幼児向け番組『うたのえほん』(現在の『おかあさんといっしょ』の前身番組)の放送開始にあたり、従来のお説教じみた教訓的な童謡とは一線を画す、子どもたちが身体ごと躍動できる新しい時代の歌が強く求められていました。
白羽の矢が立ったのは、戦後日本の児童文学運動を牽引し、子どもの生活実感に根ざしたみずみずしい詩作で知られたさとうよしみ氏と、クラシックの手法をベースにジャズやポップスの語法を自在に操る新進気鋭の作曲家・服部公一氏でした。服部氏が自著や音楽専門誌の回想録で語っている通り、当時の日本の童謡界は伝統的な五音音階(ヨナ抜き音階)や情緒的な哀愁を帯びたメロディが主流であり、スウィング感のあるリズムや大胆なシンコペーションを取り入れた楽曲は極めて前衛的な試みでした。
1962年にはNHK『みんなのうた』でも旗照夫氏や天地総子氏の歌唱、アニメーション作家によるユニークな映像とともに放送され、瞬く間に全国の茶の間に浸透。当時は三種の神器の一つとして家庭用電気冷蔵庫が爆発的に普及し始めたタイミングとも合致しており、子どもたちにとってアイスクリームが「憧れのおやつ」から「身近な喜び」へと変わっていく社会的潮流を力強く後押しするアンセムとなりました。