日本国内における服地調達のメッカといえば、東京都荒川区に位置する「日暮里繊維街」をおいて他にない。約1キロメートルの目抜き通り沿いに約90軒もの繊維関連店舗が密集するこの街は、服飾学校の学生からプロのパタンナー、著名デザイナーまでが入り乱れる特異な熱気を放っている。
日暮里繊維街の服地屋を巡る際、服地屋の日暮里おすすめ店舗として必ず名前が挙がるのが、高級紳士・婦人服地を専門に扱う「奥山実業」や「安田商店」、インポートシルクやウールに定評のある「パキラ(Pakila)」といった実力派の専門店だ。これらの店舗では、イタリアやフランスのメゾンが実際にコレクションで使用したトップエンドの残反が、無造作かつ整然と平台に積まれている。現場に足を踏み入れると、常連と思われるテーラーが生地を光に透かし、手で握り込んでシワの復元スピードを確かめる光景が日常的に見られる。
しかし、きらびやかな布地が並ぶ一方で、業界全体を見渡せば深刻な地殻変動が起きている。かつて東京の神田・日本橋、大阪の船場(せんば)にひしめき合っていた紳士服地問屋の現在は、極めて過酷な淘汰の波に晒されている。帝国データバンク等の繊維業界関連統計によると、過去10年間で全国の独立系生地卸・服地問屋の約3割が姿を消した。
関係者への取材で見えてきた老舗服地屋の閉店理由は、複合的な構造問題だ。長引くクールビズの定着とリモートワーク浸透によるスーツ需要自体の底割れに加え、何よりも「経営者の高齢化と後継者不在」が決定打となっている。生地の真贋や品質を見極める「目利き」はマニュアル化が難しく、長年の経験と人脈に依存する。後継ぎが見つからないまま代表が70代〜80代を迎え、黒字のまま暖簾を下ろす名門問屋が後を絶たない。現在生き残っている店舗は、一般個人客への小売りに舵を切った店か、特定のテーラーと強固な直取引関係を築いた専門店に限られているのが実情だ。