おかめそばのルーツを辿ると、江戸時代末期の弘化年間(1844〜1848年)前後に辿り着きます。創案したのは、当時の下谷根岸(現在の東京都台東区根岸)に店を構えていた蕎麦屋「太田庵」の店主です。この地域は江戸の文人墨客が隠棲した風流な土地であり、すぐ近くには商売繁盛や開運で賑わう浅草田圃の鷲神社(おおとりじんじゃ)が位置していました。
酉の市の縁起物として庶民に親しまれていた「おかめ(お多福)の面」に着想を得た太田庵の主人は、蕎麦の具材を使って丼の中に福々しいお多福の顔を再現しました。これが評判を呼び、江戸市中の蕎麦屋へと一気に広まったと伝えられています。当時の江戸庶民にとって、蕎麦は単なる日常食ではなく、落語や狂歌に通じる「洒落(しゃれ)」や「見立て」を楽しむ文化的な装置でもありました。福を呼び込む縁起物として愛されたこの一杯は、別名「お多福そば」とも呼ばれ、幕末から明治、大正へと受け継がれていきました。