実用世界において最も脚光を浴びているのが、中国・陝西省の郷土麺料理「ビャンビャン麺」に使用される文字です。穴、言、幺、長、馬、心、月、刂(りっとう)、八、辶(しんにょう)など、ありとあらゆる部首が重なり合って構成されるこの文字は、標準的な繁体字の筆順で58画(簡体字でも42画)に達します。
現地西安の麺店では、この複雑な文字の書き方を覚えるための歌(「穴字頭、言字口、左長長右長長…」というリズミカルな口訣)が口伝で受け継がれてきました。かつては看板に手書きするしかなく、新聞やガイドブックでは平仮名やピンインで代用されていましたが、飲食業界のグローバル化と中国政府の規格提案が歴史を動かしました。
Unicodeコンソーシアムは、2020年3月リリースの「Unicode 13.0」におけるCJK統合漢字拡張Gにおいて、ビャンビャン麺の文字(繁体字:U+30EDD、簡体字:U+30EDE)を正式に文字コードとして収録しました。これにより、現代のスマートフォンやPCの最新OS環境下では、フォントデータさえあれば外字(作字)に頼らずテキストデータとして送信・検索することが可能になったのです。
対照的に、84画の「たいと」は現在も一般的な文字コード体系の基本枠には組み込まれていません。文字学上の研究対象としてはIDS(漢字構成記述文字列)などで分析されているものの、公的な社会基盤で伝達すべき実用文脈が存在しないため、OS各社が日常の標準フォントセットに数メガバイト単位のグリフ領域を割いて組み込む動機が薄いという、極めて冷徹なデジタル規格の力学が存在します。