家禄とは?武士の給料仕組みと現代年収換算・廃止の真相を徹底解剖

家禄とは?武士の給料仕組みと現代年収換算・廃止の真相を徹底解剖

家禄とは?武士の給料仕組みと現代年収換算・廃止の真相を徹底解剖の具体的な内容に迫る! 専門的な視点でご紹介しています。

Q1:武士は無職(役職なし)でも家禄をもらい続けることができたのですか?
A1:はい、もらい続けることができました。役職に就いていない旗本や御家人は「無役(むやく)」と呼ばれ、小普請組(こぶしんぐみ)などに編入されていましたが、家禄そのものは「家の格」に対して支払われていたため、仕事がなくても世襲の米は支給されました。ただし、役職手当(役料・足高)がつかないため、生活は非常に苦しいものでした。

Q2:知行取(じぎょうどり)と蔵米取(くらまいどり)の武士はどちらが偉かったのですか?
A2:原則として知行取のほうが遥かに格上でした。知行取は自らの領地と農民を直接支配する権利を持ち、領主としての性格を残していました。一方の蔵米取は、幕府や藩の倉庫から米の支給を受けるサラリーマン的な立場であり、原則として下級〜中堅武士に限定されていました。

Q3:明治維新で家禄を奪われた士族は、最終的に全員没落したのですか?
A3:全員ではありません。旧上級武士の一部や機転の利いた旧士族は、官僚(公務員)、警察官、軍人、教員、あるいは近代企業の創業者・経営者として成功を収めました。没落したのは、旧来の特権意識を捨てきれず、金融や商売のリテラシーがないまま無謀な事業に手を出した下級士族が中心でした。

Q4:金禄公債を受け取った武士は、そのお金でどのくらい暮らせたのですか?
A4:下級士族の場合、公債から得られる年利息は数円〜十数円程度で、当時の物価でも年間数ヶ月分の米代にも足りませんでした。公債を売却して現金化しても数年で底をつく金額だったため、自ら働いて現金収入を得ない限り、短期間で生活破綻に追い込まれました。

中島 亮太
著者

中島 亮太

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。