京急600形を語る上で避けて通れないのが、デビュー当時に鉄道界へ強烈な衝撃を与えた「ツイングルシート(ツインシート)」の存在です。地下鉄乗り入れ規格に準拠した18メートル級・片側3ドアの車体でありながら、ラッシュ時には座席を収納して通路を広げ、閑散時には2人掛けクロスシートを展開するという前代未聞の可動式クロスシート機構を搭載していました。
当時の京浜急行電鉄が掲げた理念は「混雑緩和と着席サービスの高度な両立」でした。長距離を通勤する利用者に快適なクロスシートを提供しつつ、朝の超過密ダイヤを乗り切るための画期的なアイデアとして産声を上げたのです。しかし、実際の営業現場では過酷な現実が待ち構えていました。
朝ラッシュ時の都営浅草線直通運用や品川駅への進入時において、乗客の乗降がスムーズにいかず、わずかな扉付近の滞留がダイヤの乱れを誘発。さらに、複雑な可動機構はメンテナンス面での負担が重く、乗客からも「座席間の通路が狭く移動しにくい」という不満の声が相次ぎました。理想を追求した挑戦は、首都圏の過酷な混雑率という壁に阻まれる形となったのです。
この結果、2004年から2006年にかけて大規模な座席更新が断行されました。扉間は通常のロングシートへと改造され、クロスシートは混雑への影響が少ない車端部のみに残される形へ落ち着きました。現在見られる車端部のボックスシートは、かつて京急が通勤電車の理想像を追い求めた挑戦の痕跡そのものと言えます。