多くのファンが抱く最大の疑問が、「宮水神社は実在するのか」という点です。結論から述べると、「宮水神社」という名称の神社は作中の舞台地域には実在しません。架空の町である岐阜県飛騨地方「糸守町」の精神的支柱として描かれたこの場所は、新海誠監督と美術スタッフが各地の由緒ある神社を取材し、そのエッセンスを巧みに組み合わせて構築したハイブリッドな美術設定です。
作中の宮水神社を注意深く分析すると、主に2つの実在する飛騨地方の神社がベースになっていることが判明しています。1社目は、岐阜県高山市に鎮座する飛騨山王宮日枝神社です。春の高山祭の舞台としても知られる同社は、本殿へと続く重厚な赤鳥居の形状や、背後に生い茂る樹齢数百年の杉木立の構図が、宮水神社の境内入り口のカットと酷似しています。
そして2社目が、岐阜県飛騨市古川町に位置する気多若宮神社です。国の重要無形民俗文化財である「古川祭」を起こす格式高い古社であり、映画後半で主人公の立花瀧が三葉の足跡をたどって聞き込みを行うシーンで直接登場するほか、社殿へ登る白壁沿いの石段や参道の厳かな空気感は、三葉たちが日常を過ごした神社の情景に深い陰影を与えています。
さらに、三葉と祖母の一葉、妹の四葉がご神体を目指して登るカルデラ状の巨石信仰の地は、長野県の諏訪大社周辺や八ヶ岳山麓の巨石群、さらには東京都島嶼部の青ヶ島など、日本列島に点在する古代信仰のトポスが重層的に重ね合わされています。単一のロケ地をそのままトレースするのではなく、日本人の無意識に眠る「郷愁の原風景」を再構成した点にこそ、新海美術の真髄があります。