平泉・中尊寺金色堂の謎に迫る!黄金の理由と藤原四代の遺体の真相

平泉・中尊寺金色堂の謎に迫る!黄金の理由と藤原四代の遺体の真相

平泉・中尊寺金色堂の謎に迫る!黄金の理由と藤原四代の遺体の真相にまつわる興味深い視点を詳しく紐解きます。

中尊寺金色堂の特異性は、建物の美しさだけにとどまりません。堂内にある3基の須弥壇(仏像を安置する壇)の内部に、奥州藤原氏四代の遺体が今なお安置されている点にあります。中央壇に初代・清衡、向かって左壇(西北壇)に二代・基衡、向かって右壇(西南壇)に三代・秀衡の遺体が納められ、右壇にはさらに四代・泰衡の首級(首桶)が収蔵されています。

1950年(昭和25年)、日本を代表する人類学・法医学の専門家チームによって金色堂の学術調査が実施され、長年ヴェールに包まれていた遺体の実態が科学的に解明されました。調査の結果、初代・清衡は70歳前後で脳卒中により半身不随となり亡くなったと推定され、二代・基衡は肥満体型で脊椎に病変を抱えていたこと、三代・秀衡は堂々たる体格の持ち主であったことが判明しました。また、文治5年(1189年)に源頼朝に追われて討たれた四代・泰衡の首級には、眉間や後頭部に生々しい刺傷が確認され、歴史の記録が生々しい物的証拠として裏付けられました。

遺体の保存状態を巡っては、「エジプトのように人為的なミイラ加工が施されたのか」という議論が長く交わされてきましたが、調査団の結論は「奥州特有の気候風土と密閉された漆塗りの棺桶による自然乾燥(ミイラ化)」が主因であると結論付けられました。内臓の摘出痕などは見られず、遺体に添えられた大量の副葬品や絹布、防腐効果を持つハッカなどの薬草によって良好な状態が保たれたのです。

阿部 裕樹
著者

阿部 裕樹

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。