改元の舞台裏では、常に政府中枢と選定考案者による極秘の攻防が繰り広げられてきました。情報漏洩は許されず、最終候補まで残りながら消え去っていった「幻の元号候補」が存在します。
昭和改元時の「光文」誤報事件
1926年(大正15年)12月25日の大正天皇崩御の際、東京日日新聞(現在の毎日新聞)が号外で「元号は『光文』に決定」と大誤報を打ちました。実際には宮内省の選定会議で「昭和」「神化」「元化」などが最終候補に挙がっており、政府は「昭和」を公式発表。誤報によって「光文」がボツになったという都市伝説まで生まれました。
平成改元の最終3案
1989年(昭和64年)1月7日、小渕恵三官房長官(当時)が墨書を掲げた「平成」の選定では、有識者懇談会に提出された最終候補は3案に絞り込まれていました。
- 平成(へいせい):『史記』『書経』出典。最終採用。
- 修文(しゅうぶん):『尚書武成』出典。アルファベットが「S」となり昭和と被る懸念などで見送り。
- 正化(せいか):『易経』出典。こちらも頭文字が「S」となるため除外。
令和改元時の最終6候補
2019年4月1日の発表直前、菅義偉官房長官(当時)が主催した懇談会に提示された原案は6つありました。国書由来の3案と漢籍由来の3案が拮抗していたことが判明しています。
- 英弘(えいこう):『古事記』由来
- 久化(きゅうか):『易経』由来
- 広五(こうご):『詩経』由来
- 万和(ばんな):『文選』由来
- 万保(ばんぽう):『梁書』由来
- 令和(れいわ):『万葉集』由来(採用)
このうち、「万和」や「万保」は過去に類似の元号が存在したことや発音の重さなどから除外され、最終的に響きの美しさと新しい時代感を併せ持つ「令和」に決着したのです。