歴史的事実として、日本列島(本州・四国・九州)には野生の虎が生息した歴史はありません。それにもかかわらず、なぜ日本各地の民話や昔話に「虎退治」が登場するのでしょうか。その由来と元ネタを探ると、東アジア規模での文化交流の足跡が浮かび上がってきます。
第一のルートは、中国や朝鮮半島からの説話の流入です。朝鮮民話の『虎退治の娘』や中国の志怪小説・聊斎志異(りょうさいしい)などには、狡猾な虎を少女が知恵で退治する民話が多数存在します。これらが中世から近世にかけて海を渡り、日本の説話体系(今昔物語集や御伽草子など)と融合したと考えられています。
第二のルートは、加藤清正の「朝鮮出兵における虎退治」に代表される武功譚の民衆的パロディ・反転です。猛々しい戦国武将の武勇伝が喧伝される一方で、民衆の間では「武士が束になっても敵わなかった化け物を、か弱い姫が手玉に取った」という痛快な語り口が支持を集め、土着の怪異退治伝説(鵺退治や大蛇退治)と結びついて各地に定着していきました。