畠山みどりの経歴を語る上で避けて通れないのが、バブル経済期に端を発した数十億円規模の巨額負債問題です。1980年代後半、不動産投資や知人の連帯保証人、株取引などを契機に負債が雪だるま式に膨らみ、ピーク時には利息を含めて約50億円(または数十億円規模)に達したと報じられました。
当時の一般的な感覚であれば、即座に自己破産を選択するのが自然な水準の天文学的数字でした。しかし、彼女は「借りたものは自分の責任で返す」「応援してくれたファンや関係者に不義理はできない」という強烈な意地と倫理観から、法的な免責に頼らない道を選びました。世田谷や目黒に所有していた豪邸や貴金属などの資産を売却した上で、年間300本近くに及ぶ全国の地方公演、キャバレー回り、健康食品のプロデュースなど、文字通り身を粉にして返済に充てる日々が数十年間にわたって続きました。
当時の特番インタビューや手記において、彼女は「毎月数千万円の利息だけを払うために歌っていた時期もあった。それでも舞台に立つ瞬間だけは苦しみを忘れられた」と述懐しています。この血のにじむような努力が実を結び、負債の整理と完済を達成した事実は、昭和・平成の芸能界における最大の奇跡のひとつとして語り継がれています。