家庭で鮭の幽庵焼きを調理する際、実に多くの人が「良かれと思って犯している致命的な誤り」が存在します。その筆頭が漬け込み時間の過剰です。「長時間タレに浸すほど味がしっかり染み込む」という思い込みこそが、身をパサつかせる最大の引き金になっています。
塩分濃度が約5.0〜5.5%に達する調味液に生の魚肉を1時間以上、あるいは一晩漬け込むと、強力な浸透圧が働いて筋繊維内部の自由水が細胞外へ急激に搾り出されます。水分を失ったタンパク質(ミオシンやアクチン)は強固に変性・凝固し、加熱した段階で保水力を完全に喪失。結果として、噛んだ瞬間にジューシーさの欠片もない、ボソボソとした食感へと劣化してしまいます。
もう一つの壁である「激しい焦げ」は、タレに含まれる糖類の熱反応によるものです。幽庵地に含まれる本みりんのブドウ糖やオリゴ糖は、160℃付近から急速にメイラード反応およびカラメル化を起こし、180℃を超えると瞬く間に炭化へと突き進みます。タレの汁気を帯びたまま直火や高温のフライパンに投入することは、自ら黒焦げの層を作り出しているようなものです。
さらに見逃せないのが、生魚特有の揮発性アミン類(トリメチルアミン)に起因する生臭さの残存です。これを断ち切るには、漬け込み前の鮭の臭み取り 下処理方法が絶対条件となります。切り身全体に重量比約1.0%の塩を軽く振り、室温で10〜15分放置。浸透圧で浮き出た余分な水分と臭み成分を清酒で優しく洗い流し、キッチンペーパーで水気を完全に拭い去る「酒洗い」を経ることで、魚肉の臭みが消え、タレの柑橘香を美しく受け止める下地が完成します。