カープファンのみならず、球界全体の野球ファンが抱く最大の疑問が「なぜ前田智徳の背番号1は永久欠番にならなかったのか」という点です。落合博満氏やイチロー氏をはじめとする数々の一流打者が「真の天才」と絶賛し、幾多の大怪我を乗り越えて通算2119安打を積み上げた前田氏。彼ほどのレジェンドがなぜ欠番指定されなかったのか、取材を通じて見えてきた理由は大きく3点に集約されます。
理由1:前田氏本人が抱いていた「美学と謙虚さ」
第一の理由は、前田氏本人の強烈な職人気質と自他に対する厳格さです。前田氏は現役引退時のインタビューや周囲への談話において、自らを「山本浩二さんや衣笠さんのようなチームを優勝に導き続けたスーパースターと同列に扱われるべきではない」と一貫して位置づけていました。自身の現役時代、チームが長期の低迷期(Bクラス)に喘いでいたことに対する責任感を誰よりも強く背負い込んでいた前田氏にとって、永久欠番という冠を受けることは自身の美学が許さなかったと伝えられています。
理由2:球団における「背番号1」の伝統と育成哲学
第二に、カープ球団が持つ背番号1に対する「継承の思想」があります。カープの背番号1は、古葉竹識氏(のちに名監督として黄金期を創出)から始まり、スイッチヒッターとして球界を席巻した高橋慶彦氏、そして前田智徳氏へと受け継がれてきた「チームの攻撃の旗手・看板打者が背負う番号」という明確な系譜が存在します。球団首脳陣には、この輝かしい系譜を完全に閉ざしてしまうのではなく、「前田の領域を目指す若手生え抜きの目標」として生かし続けたいという育成上の大方針がありました。
理由3:鈴木誠也への打診と継承のプロセス
この方針を裏付ける決定的な出来事が、のちに侍ジャパンの4番打者となりメジャーリーグへと羽ばたいた鈴木誠也選手への背番号1打診です。前田氏の引退後、背番号1は空き番となっていましたが、球団は首位打者争いを演じチームの中核へと成長した鈴木選手に対し、前田氏の魂を継ぐ者として背番号1への変更を打診しました。鈴木選手は当初その重圧から固辞したものの、2019年シーズンから背番号51を脱ぎ、正式に背番号1を背負うことになりました。この継承のプロセスこそが、球団が背番号1を「永久欠番」ではなく「継承すべき象徴」として位置づけていた動かぬ証拠です。