燻り続ける暗殺説に終止符を打つべく、2004年に英連邦首都警察(スコットランドヤード)のジョン・スティーブンス警視総監の下で立ち上げられたのが、コードネーム「パジェ作戦(Operation Paget)」でした。
約400万ポンド(当時のレートで約8億円)の国費と3年以上の歳月をかけ、捜査員たちはモハメド・アルファイドが提起した175件に及ぶ陰謀疑惑を一つひとつ洗い直しました。その結果、2006年12月に公表された全871ページに及ぶ最終報告書は、陰謀論のすべての前提を打ち砕くものでした。
報告書が明らかにしたのは、冷徹な暗殺計画ではなく、不運と過失が重なり合って起きた「悲劇の連鎖」です。
- ルート変更の突発性:リッツの正面出口に集まったパパラッチを欺くため、裏口から急きょ出発し、アルマトンネルを通るルートを選択したのは当日の出発直前の決定であり、待ち伏せや事前工作は物理的に不可能だった。
- 運転手の資質:ホテルの警備担当次長に過ぎなかったアンリ・ポールは、非番で呼び出される前にバーでアルコールを摂取していた。本職の運転手ではなかった彼が、追跡を逃れるために極限の危険運転に及んだ。
- シートベルトの不着用:激突時の速度でも、シートベルトを着用していた唯一の生存者(警護官)は命を取り留めた。ダイアナ元妃とドディが通常通りベルトを締めていれば、致命傷を免れた可能性が極めて高い。
2008年4月に結審した英高等法院の陪審員裁判でも、陪審団は満場一致で「パパラッチの無謀な追跡と、運転手アンリ・ポールの重大な過失運転(飲酒および過速度)による不法死」という評決を下しました。英王室や諜報機関が関与した痕跡は、何ひとつ存在しなかったのです。