世間が抱く「ヤクザのスーツ像」の多くは、東映ヤクザ映画や1990年代のオリジナルビデオ(Vシネマ)によって形成されたパブリックイメージです。しかし、フィクションの演出と現場の実態には大きな乖離が存在します。
かつてのVシネマにおける定番スタイルといえば、原色のシルクシャツにノーネクタイ、幅広のストライプが入った白やシルバーのスーツ、ゴールドの極太ネックレスという出で立ちでした。これは画面上で一目で「悪漢」や「アウトロー」と認識させるための記号化された衣装演出に過ぎません。
このステレオタイプを根底から覆したのが、北野武監督の映画『アウトレイジ』シリーズです。同作で衣装を担当した黒澤和子氏らの綿密なリサーチにより、劇中の登場人物たちは過度な派手さを排し、ジャストサイズで仕立てられたシックなダークスーツを身にまといました。
警視庁担当のベテラン記者は次のように証言しています。「街中で肩を怒らせて派手な柄スーツを着ているのは、映画の影響を受けた末端の組員か、虚勢を張りたいチンピラだけ。本物の上層部幹部ほど、一流企業の役員や腕利きの渉外弁護士と見分けがつかない、極めて上質で落ち着いたスーツを隙なく着こなしていた」。フィクションの派手さと現実の洗練――このギャップを正確に捉えたことこそが、『アウトレイジ』が放ったリアリズムの真髄でした。