事件が起きたのは、日生球場 1996年5月9日の近鉄バファローズ対福岡ダイエーホークス戦でした。当時のダイエーは開幕から投打が噛み合わず、借金を抱えて最下位を争う泥沼状態にありました。この日の試合も拙攻とミスが重なり、2対3で競り負けて手痛い敗戦を喫します。日生球場はグラウンドと観客席、そして出入口の距離が極めて近く、昭和の風情を色濃く残す球場だったことも惨劇の引き金となりました。
試合終了後、選手や首脳陣が乗り込んだ宿舎行きの移動バスが球場を出ようとした瞬間、待ち構えていた数百人のファンが車体を完全に包囲しました。怒号と罵声が飛び交う中、複数の人物がバスのフロントガラスや側面の窓に向かって生卵を力任せに投げつけたのです。王貞治 バス包囲事件として全国のスポーツ紙一面を飾ることになるこの瞬間、車窓には砕けた殻と黄色い卵黄が生々しく垂れ落ち、車内は異様な緊迫感と沈黙に包まれました。
福岡ダイエーホークス 生卵事件の現場において、多くの選手が恐怖と羞恥心から身を縮こまらせ、カーテンを閉めようとしました。しかし、王貞治監督は毅然とした態度を崩しませんでした。自らカーテンを開け放ち、怒り狂う群衆の視線を正面から受け止め続けたのです。このダイエー生卵事件 詳細まとめを振り返る上で欠かせないのが、世界記録を持つ大打者が受けた筆舌に尽くしがたい屈辱と、それを一切他人のせいにしなかったリーダーとしての姿勢でした。