富士山や伊勢志摩、飛鳥のように、観光振興や地域振興を狙って2006年以降に創設された「ご当地ナンバー」制度。福山ナンバーをその枠組みで誕生した比較的新しいナンバープレートだと誤解している人が少なくありません。しかし、これは明確な事実誤認です。
福山ナンバーの歴史は半世紀以上前、高度経済成長期の只中であった1966年(昭和41年)に遡ります。当時、日本鋼管(現・JFEスチール西日本製鉄所)の福山進出が決まり、瀬戸内沿岸には広大な工業地帯が造成されました。それに伴い、造船、繊維、機械金属加工といった重化学工業・製造業関連企業が一挙に集積します。
急増した大型トラックや商用車、従業員のマイカーの車検・登録手続きを行うため、当時の広島陸運支局(現・広島運輸支局)の窓口業務は完全にパンク状態に陥りました。広島市内まで片道数時間をかけて申請に赴く負担を解消すべく、1966年2月、福山市南蔵王町に「広島陸運事務所福山支所」が開設されたのです。
かつて広島県全域で交付されていた「広」ナンバーが廃止され、本所管轄が「広島」、新設支所管轄が「福山」へと正式に枝分かれしました。すなわち、福山ナンバーは観光目的で作られたご当地プレートではなく、高度経済成長を支えた工業都市の輸送力を支えるために誕生した由緒正しき陸運ナンバーなのです。