三十年戦争という壮大な群像劇において、歴史のうねりを決定づけたのが、対極の思想と用兵術を持った2人の巨頭でした。
軍事請負企業家:アルブレヒト・フォン・ヴァレンシュタイン
チェコの下級貴族出身のヴァレンシュタインは、莫大な私財と信用取引を駆使して、数万人規模の傭兵軍団を組織した「軍事起業家」でした。皇帝フェルディナント2世に「国庫の負担なしで軍を提供できる」と持ちかけ、占領地域から組織的に「軍税(寄宿税)」を取り立てるシステムを構築。皇帝軍最高司令官としてデンマーク軍を駆逐し、一介の貴族からメクレンブルク公爵にまで登り詰めました。
しかし、その巨大すぎる軍事力と自立的な和平交渉は、皇帝とカトリック諸侯から「帝位簒奪の野心あり」と危険視され、1634年、皇帝の密命を受けた配下の将校たちによって暗殺されるという悲劇的な結末を迎えます。
近代戦術の父:グスタフ・アドルフ
一方、スウェーデン国王グスタフ・アドルフは、傭兵任せの軍隊の脆弱性を見抜き、国内農民を中心とした国民皆兵制度(定額徴兵制)を整備しました。さらに、当時の重厚なテルシオ(方陣)に対抗し、銃火力を極限まで高めた薄い横隊戦術、小型軽量化した連隊砲、柔軟なサーベル突撃を行う騎兵を組み合わせた「諸兵科連合戦術」を確立します。
この軍事革命は戦術史を一変させましたが、本人は1632年のリュッツェンの戦いにおいて、濃霧と硝煙の中で敵中に孤立し、銃弾を浴びて37歳の若さで落命しました。天才指導者を失ったスウェーデン軍もまた、維持費調達のために略奪集団へと堕落していくことになります。