豊栄稲荷神社のルーツを紐解くと、中世渋谷を治めた豪族・渋谷氏の歴史へと行き着きます。この神社の歴史と由来は、かつて渋谷城の敷地内や道玄坂方面に祀られていた「田中稲荷神社」に始まります。鎌倉時代の初頭、渋谷氏の館内に守護神として勧請されたのが起源と伝えられており、長い星霜を経て地域住民の信仰を集めてきました。
転機が訪れたのは昭和27年(1952年)のことです。旧猿楽町に鎮座していた「豊澤稲荷神社」を合祀した際、両社の名称から文字を取り、現在の「豊栄稲荷神社」へと改称されました。主祭神には、食と農、産業全般を司る宇迦之御魂命(うかのみたまのみこと)を祀っています。
境内の奥へと進むと、渋谷区指定有形民俗文化財に指定されている10基以上の「庚申塔(こうしんとう)」が整然と並んでいます。これらは江戸時代、街道を行き交う人々が道中安全や延命長寿を祈願して建立した貴重な石構造物です。渋谷という街がかつて農村から宿場、そして商業地へと変貌を遂げていく過程を見守り続けてきた歴史の生き証人であり、単なる観光スポットを超えた深い文化価値を湛えています。