田中角栄が「人たらしの天才」と評される最大の要因は、相手の自尊心を傷つけずに動かす高度なコミュニケーション設計にあります。彼が郵政大臣や大蔵大臣、通商産業大臣を歴任する中で編み出した官僚操縦法には、明確な3つの原則が存在しました。
第1に「手柄は部下に、責任は自分に」を徹底した点です。政策が成功した際は「局長や課長が優秀だからだ」と公の場で官僚たちを称賛し、議会で野党から激しい追及を受けた際は自らが矢面に立って官僚を一切庇護しました。当時の通産省幹部の証言によれば、「田中大臣のためなら徹夜で法案を書き上げても悔いはない」と官僚たちが口を揃えたといいます。
第2に、相手のプライベートや家族構成、さらには過去の挫折に至るまでを驚異的な記憶力で把握していたことです。官僚や議員の家族が病に倒れた際には、誰よりも早く直筆の見舞い状と果物を届け、弔事には秘書ではなく自ら駆けつけました。人は「自分の存在を深く認識してくれている人物」に対して裏切りを行えないという、返報性の心理を熟知していたのです。
第3に、専門分野に対する圧倒的な勉強量です。高等小学校卒のコンプレックスを埋めるため、角栄は法案資料や統計データを猛烈に読み込み、官僚が持ち込む説明の矛盾を即座に見抜く実力を備えていました。情理(感情と義理)だけでなく、緻密な実務能力という土台があったからこそ、プライドの高いエリートたちを心服させることが可能でした。