「絶望のパスタ」という名称を耳にしたとき、多くの人が「何か悲劇的なエピソードがあるのではないか」と想像します。実際、このユニークな呼び名には、本場イタリアの食文化史に根ざす古典的ルーツと、日本の名店が生み出した独自の解釈という2つの異なる文脈が存在しています。
まず、イタリア料理の歴史的な文脈における「絶望のパスタ」は、現地で「Spaghetti alla disperata(スパゲッティ・アッラ・ディスペラータ=絶望のスパゲッティ)」と呼ばれる家庭料理に端を発します。これは、「冷蔵庫に何もない絶望的な状況でも、買い置きのオリーブやアンチョビ、唐辛子、ニンニクさえあれば手早く作れて極上に旨い」という、いわば困窮した状況を逆手に取った庶民の知恵から生まれた料理です。日本でいう「あり合わせで作るズボラ飯」に似たニュアンスであり、「絶望の淵にいても美味しく食べられる」というポジティブな反語的メッセージが込められています。
一方で、現在日本の外食シーンでアイコンとなっている濃厚スープ仕立ての「絶望のパスタ」は、1986年に東京・渋谷で産声を上げ、新宿で不動の地位を築いた「ホームズパスタ(現・IVO ホームズパスタ)」が名付け親とされています。店舗関係者や長年のファンの証言によると、元祖の命名背景には現場のリアルな叫びと料理の見た目が深く絡み合っています。
第一に、ソースのベースとなるキノコや香味野菜を信じられないほど微塵切りにし、極限まで炒め煮詰めるという仕込みの手間があまりに過酷で、「厨房のシェフが仕込みの途中で絶望するほど手間がかかる」という厨房発のリアリズムです。第二に、黒オリーブの微塵切りや濃厚なソースが溶け合い、スープ全体がダークな色合いに染まることから、「お先真っ暗な絶望の色」に見立てられたという視覚的アプローチ。さらには、「器から溢れんばかりに提供される熱々スープをすする際、油断すると白い服にスープが飛び散って絶望する」という、客側のリアルな体験談までが合わさり、都市伝説的に語り継がれるようになりました。