1880年代初頭、ヨーロッパではアンジェロ・マリアーニが開発した「ビン・マリアーニ(コカの抽出液を含んだボルドーワイン)」が、教皇や文豪の間で大流行していました。これに着想を得たペンバートンは、1885年に自身の最高傑作となる「ペンバートンズ・フレンチ・ワイン・コカ」を発売します。コカイン成分、ダミアナ(強壮ハーブ)、コーラの実のエキスをワインに溶かし込んだこの強壮酒は、上流階級の知識人や過労に悩む都市住民の間で瞬く間に評判を呼びました。
ところが、栄光の瞬間は長く続きませんでした。1885年後半、アトランタとフルトン郡で厳格な禁酒法が可決され、アルコールを含む飲料の製造・販売が全面禁止される事態に直面したのです。完成したばかりの看板商品を失う危機に瀕したペンバートンは、ワインの代替となる甘いベースシロップの調合に昼夜を分かたず取り組みました。
渋みと苦味を打ち消すため、砂糖、クエン酸、バニラ、そして独自の柑橘系香油を複雑にブレンドしたシロップが完成したのは1886年5月のことです。アトランタ中心街の「ジェイコブス薬局(Jacobs' Pharmacy)」に持ち込まれたその液体は、当初水で薄めて販売される予定でした。しかし、薬局のカウンター係が誤って炭酸水で希釈して客に提供したところ、かつてない爽快感を持つ飲み物が誕生したのです。1杯5セントで販売が開始されたこの飲料こそ、歴史の扉を開いたコカ・コーラの原型でした。
なお、「コカ・コーラ(Coca-Cola)」というリズミカルな名称と、現在も使われる特徴的な流麗なロゴ(スペンサリアン体)を考案したのは、ペンバートンの共同経営者であり優秀な会計係だったフランク・M・ロビンソンでした。彼は「2つのCが並ぶと広告として視覚的に映える」と直感し、歴史に名を残すネーミングを生み出しました。