ステージ上で野性味あふれるパフォーマンスを披露していた彼女だが、幼少期からロック一筋だったわけではない。小中学校時代はバレーボールに情熱を傾け、将来は体育教師を目指すほどのアスリート少女だった。しかし、高校時代に膝の大きな怪我を負い、スポーツの道を断たれるという最初の挫折を経験する。
情熱の行き場を失っていた彼女が出会ったのが音楽だった。リハビリと並行してマイクを握り始めると、持ち前の強靭な声帯とリズム感が即座に開花。1982年、アマチュアバンドの登竜門として知られた「YAMAHA EastWest '82」に出場し、優秀女子ヴォーカリスト賞を受賞したことで運命の歯車が大きく動き出す。
男子顔負けのパワフルなシャウトと、どこか憂いを帯びた歌声。スポーツで鍛え上げたタフな精神力は、後にハードロックの過酷なツアーを戦い抜く最大の武器となっていった。