定禅寺通りという名称のルーツは、仙台藩祖・伊達政宗の時代にさかのぼります。かつて仙台城の鬼門(北東)を鎮護するために建立された寺院「定禅寺」の門前通りであったことがその由来です。明治以降の都市開発や戦災復興を経て寺院自体は移転したものの、その由緒ある名前は現在の目抜き通りに受け継がれました。
現在の美しい景観の基礎となったのは、1950年代から進められた戦災復興都市計画です。空襲で焦土と化した仙台の街に潤いを取り戻すべく植樹されたケヤキの苗木は、半世紀以上の歳月を経て巨大な緑のアーチへと成長しました。現在では片側3車線の道路の中央に幅広の遊歩道が整備され、都市機能と豊かな自然が共生する世界的にも稀有なアベニューとして機能しています。