民俗儀礼から派生する一方で、日本語の言語体系においては「お尻を叩く」という慣用句が定着しました。辞書的な定義では「怠けている者や進行が遅れている者を励まし、督促して行動を起こさせる」という意味を持ちます。これは牛馬を御する際に鞭でお尻を叩いて前進させた使役に由来し、相手をコントロールして前進させる力学を端的に表現しています。
ところが昭和中期から平成にかけて、この比喩表現はテレビメディアと学校体育の現場において、極めて物理的かつ見せ物的な罰ゲーム文化へと変貌を遂げました。
民間放送の定点アーカイブを調査すると、運動部活動における「ケツバット」と呼ばれる体罰的指導が、いつしかバラエティ番組のペナルティ演出へとスライドしていった経緯が確認できます。大晦日の国民的特番として親しまれた『笑ってはいけないシリーズ』をはじめとするお笑い番組では、ルールを破った出演者の臀部をウレタン棒やゴム製スリッパで強打するリアクションが長年、大衆の娯楽として消費されてきました。
なぜ罰ゲームの標的がお尻に集中したのか。制作関係者の証言によると、「顔面への打擲は視聴者に過度な残虐性を感じさせるが、お尻であれば脂肪層が厚く致命傷になりにくいうえ、滑稽な姿勢を強いることで屈辱感を笑いに変換しやすい」というテレビ的文脈の計算が働いていたと明かされています。
しかし、こうした「お尻なら叩いて笑ってもよい」という昭和・平成的な免罪符は、近年のメディア倫理の刷新によって急速にその居場所を失っています。