横山裕の人生は、物心ついた瞬間から波乱に満ちていました。1981年5月9日、大阪市此花区に生まれた横山ですが、3歳の頃に実の両親が離婚。母親の手ひとつで育てられることになり、母子家庭としての困窮と不安が最初の記憶となりました。
事態がさらに深刻化したのは、母親が再婚した後のことです。再婚相手となった義父との間に2人の弟(6歳下、8歳下)が誕生したことで、家庭内の力学は決定的に崩壊しました。テレビ番組『A-Studio』や雑誌のロングインタビューで横山自身が明かした証言によると、義父は実子である2人の弟を溺愛する一方で、血の繋がらない横山に対してのみ、理不尽な暴力や冷遇を執拗に繰り返したといいます。
「自分だけ棒で叩かれた」「自分だけご飯の扱いが違った」という告白は、単なる厳格なしつけの領域を遥かに超えた明白なネグレクトおよび身体的虐待でした。あまりの過酷さに耐えかねた横山は、小学校時代の一時期、祖父母の家に身を寄せることになります。しかし、最愛の祖父が病に倒れたことで再び母と義父のいる家庭へ戻らざるを得なくなり、居場所のない孤独と恐怖に怯える日々を過ごしました。
その後、中学に進学する頃に母親は義父と離婚。母はシングルマザーとして3人の息子を育てる道を選びましたが、今度は極度の経済的困窮が一家を襲います。電気やガスが止められることも珍しくない生活の中で、長男である横山は「自分が母を助け、幼い弟たちを守らなければならない」という強い当事者意識を宿すことになりました。