約2キロメートルに及ぶ参道には、20万基を超える墓石や慰霊碑が整然と立ち並ぶ。驚くべきは、歴史上の敵味方が同じ空間に隣り合って眠っている点だ。本能寺の変で倒れた織田信長の供養塔があれば、明智光秀や豊臣家の墓所も目に入る。歴史散策・寺社仏閣を愛好する者にとって、この空間はまさに日本史の縮図と言える。
なぜこれほどまでに相容れないはずの人々が寄り添うのか。高野山真言宗の包容力溢れる教えにおいて、死生観は敵味方の境界線を容易に超えていく。生前の恩怨を超越し、一切の霊魂を平等に安らぎへと導く思想が、この壮大な墓地群を形成したのだ。