裏千家十五代家元・千玄室を陰日向となって支え続けた歳月は、波乱と挑戦の連続であった。茶道の総本山たる今日庵の屋根の下、無数の門弟や賓客を迎える日々の中で、千登三子が重んじたのは形式主義に陥らない「生きたもてなし」の心だ。
単なる家元の妻という枠に収まることはなかった。国際的な文化交流に乗り出す夫の思想を深く理解し、茶道が持つ普遍的な平和のメッセージを言葉と立ち居振る舞いで具現化した。道具の取り合わせひとつ、茶席に飾る一輪の花の選び方に至るまで、彼女の鋭い審美眼が注ぎ込まれていたことは、当時の関係者の証言からも明らかだ。