ジャクソンハイツを語る上で欠かせないのが、重層的なニューヨーク多民族タウンの歴史です。20世紀初頭、この地はマンハッタンの過密を解消するために計画された全米初の大規模な「ガーデンアパートメント(中庭付き集合住宅)」の街区として誕生しました。
1960年代以降の移民法改正を契機に、コロンビアやメキシコを中心とした中南米系、さらにはインド、パキスタン、バングラデシュ、ネパール、チベットといった南アジア系の人々が次々と流入。わずか数十ブロックの区画の中に、160種類以上の言語が共存する驚くべきモザイクコミュニティが完成しました。異なる文化を互いに受け入れ、独自の調和を保ち続けている点こそが、この街最大の個性です。