鎌倉幕府を滅ぼした「暗君」か?北条高時、覆る暴君説の真相

鎌倉幕府を滅ぼした「暗君」か?北条高時、覆る暴君説の真相

鎌倉幕府を滅ぼした「暗君」か?北条高時、覆る暴君説の真相についての疑問解決ガイドを徹底解説します。

北条氏の家督である得宗家は、鎌倉幕府において専制的な権力を振るっていた。しかし、その頂点に立つ当主が常に絶対的な独裁権を行使できたわけではない。

高時が家督を継いだのはわずか9歳の時である。病弱だった彼を取り巻いていたのは、長崎円喜・高資父子をはじめとする「御内人(得宗家の被官)」の有力官僚層だった。幕府の意思決定は官僚機構の合議によって進められ、高時自身は幼少期から象徴的な地位に祭り上げられていた節が強い。彼は23歳という若さで出家し、早くから実権を退こうとした形跡すら見られる。

肥大化した得宗専制のシステムと、それに反発する御家人たちの不満。その板挟みの中で、構造的疲労を起こしていた巨大組織の頂点に立たされ続けたことこそが、高時の悲劇の始まりだった。

井上 凛
著者

井上 凛

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。