勝沼のセラーが放つ重厚な気品は、一朝一夕に生まれたものではありません。その背景には、1877年(明治10年)に設立された「大日本山梨葡萄醸造会社」に端を発する日本ワイン発祥の歴史と経緯が存在します。明治政府の殖産興業政策の波に乗り、勝沼出身の高野正誠と土屋助次郎という二人の若者が本場フランスへ派遣されたことから、日本の本格的なワイン造りの歯車が回り始めました。
当時の特番インタビューや歴史記録資料に遺された手記には、「言葉も通じぬ異国の地で、土壌の質と酵母の働きを寝る間も惜しんで筆写した」という若き先駆者の苦闘が克明に刻まれています。帰国後、ボルドーの技術を勝沼の気候風土に落とし込む試みは幾多の挫折を味わいましたが、彼らの執念は現在の甲州市勝沼町ワイナリー一覧に名を連ねる各名門シャトーへと確実に受け継がれました。
中央葡萄酒(グレイスワイン)や勝沼醸造、まるき葡萄酒といった歴史ある造り手たちが維持する古びたセラーの片隅には、昭和初期に輸入された大樽や、かつて手作業で掘り進められた貯蔵用の坑道が今なお現役で残されています。勝沼のセラーを歩くことは、日本の醸造家たちが歩んだ140年以上の開拓史を五感で追体験することと同義なのです。