「鰆」という漢字の音読みは「シュン」、訓読みは「さわら」です。日常の会話や市場取引で「シュン」と呼ばれる機会はほとんどありませんが、漢和辞典には音符としての「春」が季節の春を示すと同時に、音を表す役割を兼ね備えた形声文字として記録されています。
和名である「サワラ」の語源には諸説ありますが、最も有力とされるのがそのスレンダーな体型に由来する「狭腹(さわら)」説です。サワラはサバ科の中でも胴体が前後に長く、腹部がスマートに細くくびれています。この身体的特徴から「狭い腹」が転じて「サワラ」と呼ばれるようになったと伝えられています。
では、なぜ漢字の偏に「春」があてられたのでしょうか。その背景には、古くからの日本列島における漁獲の生態が深く関わっています。サワラは外洋を回遊する大型魚ですが、毎年4月から5月にかけての産卵期を迎えると、外洋から波静かな瀬戸内海へと大群で押し寄せてきます。沿岸の漁師たちにとって、春の訪れとともに大漁をもたらすこの魚はまさに「春を告げる使者」そのものでした。この春の風物詩としての強い印象が、そのまま「鰆」という漢字の誕生へと結びついたのです。
【魚偏の雑学】春夏秋冬の魚漢字クイズ|実は「夏」だけ存在しない?
魚偏に四季の文字を組み合わせた漢字を並べると、日本語と漢字の興味深い偏りが見えてきます。
春は「鰆(サワラ)」、秋は「鰍(カジカ、またはイナダ・中国ではドジョウを指す)」、そして冬は「鮗(コノシロ)」が存在します。ところが、日本の一般的な常用漢字やJIS第1・第2水準の漢字体系において、「魚偏に夏」と書く単独の魚名漢字は公式には存在しません。魚偏に花と書く「𩸽(ホッケ)」や、魚偏に入ると書く「魞(えり=定置網の一種)」といった国字(日本で作られた漢字)はあるものの、四季の中で「夏」だけが取り残されている現象は、漢字ファンの間でも定番のクイズとして知られています。