坂本九『心の瞳』はなぜ合唱の定番に?事故直前の遺作に秘めた真実

坂本九『心の瞳』はなぜ合唱の定番に?事故直前の遺作に秘めた真実

坂本九『心の瞳』はなぜ合唱の定番に?事故直前の遺作に秘めた真実とはどんな影響があるのか? 背景や要点を整理してお届けします。

1985年8月12日、坂本九さんは日航機墜落事故の犠牲となり、帰らぬ人となりました。シングル発売からわずか3カ月足らずの出来事であり、B面曲だった『心の瞳』はプロモーションの機会を失い、そのまま埋もれてしまう運命にあるかのように見えました。

しかし、その歌声は一本の電波を通じて、ある教育者の耳へと届きます。当時、千葉県八日市場市立第二中学校(現・匝瑳市立八日市場第二中学校)で音楽科教諭を務めていた滝澤行徳氏が、ラジオの追悼特別番組で流れた坂本九さんの生前歌唱(ラジオ原曲音源)を偶然耳にしたのです。

その温かい歌声と歌詞の深さに激しい衝撃を受けた滝澤氏は、「この素晴らしい歌を、これからの未来を生きる生徒たちに歌い継がせたい」と決意。ラジオ放送を録音したカセットテープを何度も巻き戻しては五線譜に音を書き起こし、中学生向けに混声三部合唱用の楽譜を手書きで作成しました。

1985年秋の校内合唱祭で生徒たちが初めてこの合唱版を披露すると、会場は大きな感動に包まれました。その評判は千葉県内の音楽教員コミュニティを通じて瞬く間に広がり、カセットテープのダビングと手書き楽譜のコピーが手渡しで全国の中学校へと拡散されていったのです。

伊藤 翔太
著者

伊藤 翔太

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。